子育てが後押しした「糸島生活」自然を求める暮らしから、自然に寄り添う暮らしへ

糸島市志摩初の住宅街に、一軒家を構える上野さんご夫妻。移住してきたのは13年前。それまでは、社宅暮らしで数年おきに福岡県内を転々としていた。上野さんの地元は朝倉市、一方奥さまは福岡市。二人にとって、一見縁もゆかりもない土地・糸島を、“定住の地”として選んだ理由とは?

銀行員という仕事柄、転勤は付きもの。福岡市、北九州市といろいろなところに住みましたが、糸島との出会いも転勤がきっかけでした。北九州市から、糸島市内の前原地区の支店へ異動が決まったのが、2000年のこと。勤務期間としては長い方で、5年間勤務しました。その間に、糸島という土地に惚れ込んだんです。

夏の恒例行事、ご自宅のお庭でBBQをする上野さん

一番の魅力は、何といっても豊かな自然。幼い頃から山や川には親しんできましたが、唯一故郷になかったのが海。海に近いところに住みたいなあという、憧れにも似た気持ちがあったので、“山があって、川があって、海もある”糸島の環境は、非常に魅力的でした。

その次に、幼少期の子育てがしやすかったこと。転勤当初、生後1か月だった娘は幼稚園へ。

安心してのびのびと子どもを遊ばせられる環境と、教育方針に共感できる幼稚園に出会えたことが大きかったです。

山海の自然に加えて、“子育て環境として最適”だと思えたことが、移住計画の後押しになったという。とはいえ、マイホームは家族の一大決心。これから先どこに転勤になるかもわからない。不安はなかったのか尋ねると・・・。

糸島は、意外と福岡中心部にも近いんです。車なら高速に乗って30分。高速バスも多く運行しています。転勤先にもよりますが、どこに異動してもそれほど問題ではないかな、と思いましたね。何より、週末のオフをこの環境で過ごせるのが魅力的でした。

都会に住んでいると、ドライブに行ったり、出かけることで更に疲れてしまうでしょう。どんなに平日疲れても、土曜の朝目が覚めたらこの環境にいる。それがメリットだと思いましたね。通勤で多少早く起きるくらいの努力は朝飯前だと。結局は、“お父さんの覚悟次第”じゃないかと思いました。

最終的な判断材料になったのは、子どものこと。これからの生活を想像して、自分たち(夫婦)と子どものどちらに重きを置くのかを考えました。また、子どもに重きを置くとした時に、子どもの人生の中で、何に重きを置くのかも考えました。

私たちが何より大切だと思ったのは、“成長過程の多感な子ども時代を、自然豊かな土地で過ごさせること”。こんな環境で育てれば、豊かな心や自分なりの価値観が自然と形成されるはず。糸島はそう思えるような環境でした。お互いの両親も“この環境で子育てがしたいので”という言葉で説得しましたね。

糸島への移住が決定した。糸島と一括りに言っても、特色や取り巻く生活環境は、エリアによって様々。山側か、海側か。旧集落の土地を買うのか、いくつかある新興住宅地の中から検討するのか。田舎に移住するとなれば「面倒くさそう」「馴染めるかどうか不安」と、移住のハードルになることも多い“ご近所づきあい”も頭に入れておかなければ。上野さんが選んだのは、新興住宅地の中の一軒家だった。

様々なことを複合的に考えて選んだ今の新興住宅地のご自宅 kura」

環境・教育・通勤・・・複合的に考えて、今の土地を選びました。新興住宅地ですが、割とコミュニティを重視する地域だと思いますね。年に3回の全体清掃や、草刈り、夏祭りの手伝い。

私は、早く地域に溶け込みたかったので、引っ越して来てすぐ町内会に入りました。もともと人とコミュニケーションをとるのは好きなので、こういったお付き合いは苦ではないですが、もっと田舎の方へ行くと、神社の寄合や昔からの行事なんかが増えるでしょうね。

田舎で生き生きと暮らすには、周りの人とつながること・協力することは不可欠。それを嫌だと感じる人には、糸島と言わず田舎暮らし自体が不向きかもしれません。人によって感じ方はそれぞれだと思いますが。

引っ越してしまってからの悩みを減らすためにも、まず、賃貸などで実際に生活してみるのも一つの手だと思います。どこの土地でも言えることだと思いますが、条件面だけでは計り知れない“住んでみないとわからないこと”が存在しますからね。

いよいよ社宅のあった前原から、志摩へ。社宅時代の暮らしが、結果的に糸島移住のトライアル期間となっていた。環境へのギャップなどが生じなかったため、移住したからと言って困ったことは特になかったとか。

欲しいものがあれば、インターネットで注文して翌日に届く時代でしょう。恐ろしい反面、田舎暮らしにはすごく役立っています。日常生活の中で、不便だからといってストレスを感じることはほとんどありませんね。逆に、お金がかからない分、気持ちにはゆとりが出てきた気がします。

どこの家庭も、生活費+教育費を、家計の中でやり繰りしていると思いますが、糸島に住んでいると食費にお金がかからない。食材は福岡市内のスーパーで買うよりも格段に安く、何より格段に良いものが手に入ります。この味に慣れてしまうと、いくら便利でも都会には住めないなあと思ってしまいますね。

このエリアのマイナスポイントをあえて挙げるとしたら、救急体制くらいでしょうか。風邪など日常的に通う病院なら問題ないのですが、もしもの時、夜間救急で運ばれる際の搬送先が、福岡大学病院や福岡市の急患診療センターだというのは、やはり遠いなあと思います。昔に比べると救急体制は整いつつあるのでしょうが、老後のことを考えたり、脳や心臓などの病気が身近な問題となると、やはり不安な環境ですね。今は、子どもたちも丈夫で風邪すら滅多に引かないので、目下の問題ではないのですが。

今年で定住して10年。長女は、現在中学校2年生。糸島へ越してきてから生まれた次女は、小学校3年生になった。どちらも生粋の田舎っ子。思い立って海へ泳ぎに行ったり、庭でカマキリを捕まえて遊んだり。自然とふれあい、小さな生き物を愛しんで、のびのびと成長しているそう。教育環境として惚れ込んだ糸島。実際に、幼稚園・小学校・中学校と子育てをされた感想を聞いてみた。

人が少なくなる夕方ごろに海に行くのが糸島流。休みの日は、気軽に子供と自然の中で過ごせるのが魅力

幼稚園は、教育方針が個性的なところが多くおもしろいです。地産地消を大切にしているところがあったり、インターナショナルな交流に力を入れているところがあったり・・・自分たちの考えに合わせて選択することができるので、共感できれば尚のこと魅力的だと思います。

小学校は、給食に地域の食材を積極的に使っていて安心。アナウンスで、「今日のトマトは○○さんちのトマトです」なんて、放送が流れるそうです。

自然の中でのびのび遊べるのも魅力的ですね。昼休みに、近くの川でオタマジャクシをとって遊んだり・・・。遊ぶだけじゃなくて、蛍が生息する川を“蛍ゾーン”と呼んで、みんなで清掃したりもするそうです。自然と関わる機会を通して、多くのことを学んでいるなあと思います。大きな自然が、心や感性を育んで、豊富な知識を与えてくれるんですよね。

通勤で活躍している自転車は、休日には娘さんとのサイクリングに

中学校は、その時々の先生によって教育方針や特色が変わるので、一概には言えませんが、今、長女が通っている中学校は、挨拶を徹底していて非常に気持ちが良いです。それから、どの中学校に通うにしても自転車通学なので、基礎体力は付くと思いますね。学校帰りに海で泳いで帰る、なんて子もいるそうで、びっくりさせられます。

―糸島の教育の質・進学率を心配する声がありますが

私は、小・中学校の教育の質は、どこもそんなに変わらないと思っているんです。“良い”と思う学校を選んでまかせきりにするよりも、家庭で継続的に勉強する習慣を付けることのほうが重要ではないかと。人生の長さを考えた時に、小学校から高校までの期間はたった12年です。でも、その12年間は貴重な成長期でもある。そんな大切な時間を、学校で選ぶのか、環境で選ぶのか、という選択肢だと思います。

学校を基準に選ぶと、住む環境なんて二の次ですよね。高校や大学への進学が人生の全てではないですし、その先の長い人生を考えると、この環境で育ったことこそが宝だと思うんです。

糸島に魅力を感じている分、これからのまちづくりにも興味があるという上野さん。最近は、地域を盛り上げるために、いろんな活動に参加しているそう。

前原駅前のダイニングバーで行われるクラブイベントの一コマ

最近は、クラブイベントの運営に関わっています。前原駅近くのダイニングバーで、2~3か月に一回くらいのペースで開催しているイベントです。最初は本当に小規模だったんですが、今では40人近く集客できるようになりました。DJもレベルの高い人が入っていて、糸島にこんなおもしろい人たちが集まれるんだと驚きます。こんなイベントを開催するにも、やはり仲間が必要。糸島らしく楽しく暮らすには、人とのつながりが大事だなとしみじみ感じますね。

自分が主催したイベントでは、「いとしま応援隊」という飲み会を2回ほど開きました。単に、糸島を好きな人を集めて語り合う会だったんですが。今後は、その会に目的を持たせて、糸島に興味がある人や移住したい人に向けての発信の場なんかにできたら良いなと思っています。

最後に、これからの糸島市に望むことを聞いてみた。

欲を言えば、糸島市内で仕事ができるような環境が出来上がれば良いなと思います。今、糸島市に住んでいる家庭で、サラリーマンの大半は福岡市内に通勤している状態です。ここで仕事を見つけようとすると、かなり職種が限定されてしまうんですよね。ある仕事に就く、もしくは自分で仕事をつくるしか選択肢がありません。移住者の方に、経営者やフリーランスの方が多いのは納得ですね。

糸島は、福岡市内や空港へのアクセスも良いし、ネット環境も整いつつある。全国からビジネスの拠点として選ぶなら、糸島という選択肢はありだと思います。アジアへも近いですしね。仕事を生み出せる会社・人を誘致できれば、糸島で完結できる暮らしができるようになって、移住検討者も増えるんじゃないかと思います。

後は、移転してきた九州大学のこれからにも期待しています。九大ができたことによって、地元の子どもたちに大学生と触れ合う機会が生まれ、九大に憧れる子どもも増えました。

これまで、外に出るしか選択肢がなかった大学進学が糸島でできるようになったんです。まだ、移転して間もないので波紋が広がるのはこれからだとは思っていますが、間違いなく糸島の可能性を広げてくれると信じています。

糸島の山と言えば、可也山。通勤途中に季節によって表情が変わる可也山を撮るのが上野さんの日課

最近は、現在の勤務先まで自転車で通勤しているという上野さん。通勤途中の可也山の景色を、定点観測で撮影するのが楽しみなんだそう。毎日撮りはじめてもうすぐ1年。四季を通じて変化する自然の表情に、定住して10年たった今も魅了される。
住まいを考える時、何を重視するのか。「駅近」「周辺環境」など便利さを重視する条件が多く挙がる中、上野さんのように「豊かな自然に囲まれて子育てを」「休日をこんなふうに過ごしたい」といった自分なりの価値観を挙げる人も少なくない。自分や家族にとって大切なことはなんだろう?それを実現すると、どんなライフスタイルになる?その答えの一つに、田舎暮らしがあるのかもしれない。

プロフィール(2013年12月現在)

●上野さん 40代

●糸島移住歴 13年

●仕事 銀行員

●これまでに住んだところ 朝倉市→福岡市→北九州市→糸島市(前原→志摩初)→長崎県→糸島市(志摩初)