山あいの環境の良さを伝えたい一心で、民泊を始めました。
夫妻に共通する山里への想い
糸島市の南部、東西に走る県道から小道に入ると、山の気配が次第に濃くなっていきます。緩やかな坂道を上ったところにある10戸ほどの小さな集落。その中に上口さん一家の住まいがあります。夫の勝平さんは福岡市内の職場へ電車通勤、妻の香保里さんは、ここで民泊を運営。週末には二人、協力して宿泊客を迎え入れます。そんな生活に至る経緯からお聞きしました。
香保里さんは料理の経験を活かし、自宅で仕事ができる環境を作りたいと、広めの民家を探していました。料理の先生の紹介でこの家を見にきたところ、二人とも環境の良さに一目惚れ。「何をするより、ここに住みたいと思った」と、口をそろえます。香保里さんは「実際住んでみたら一日が本当に気持ちよくて。滞在してもらってここの良さを伝えられたら」と考えるように。引越しの翌年、民泊新法ができるとすぐに申請。民泊運営に踏み切りました。
「里山への憧れがありました」と、勝平さんはいいます。二人とも大学では景観工学を専攻。地域の生業(なりわい)が、その地域の景観を作ることを学びました。「今は、それを実地で学ばせてもらっているところです(笑)」。地域のさまざまな活動の他、地元の消防団員としても関わる中で、よく声をかけてもらうようになったそうです。「そんなつながりから、いろいろ助けてもらっています」
一家が暮らす集落は高齢者のみの世帯が多く、たいていは三世代が同居できるような広い家に住んでいます。一方で、息子と同世代の子どもがいない、車で行かないと友達と遊べない、といった切実な課題も。「福岡市など都市部の友人で、こちらに移住したいという人は多いです。お年寄りが地域に住み続けながら、若い家族を受け入れるような循環ができないだろうか」と、勝平さんは考えています。
地域の人に教わる「身体を使う暮らし」
福岡市内にいる頃に比べて、山里の暮らしはどう変わったのでしょう。香保里さんは、「街にいたときには使わなかった手足を全部使います。身体を使うことで解決することがいっぱいある。地元の大先輩から教わることも多い」といいます。
台所からは炊飯器、電子レンジ、トースターが姿を消しました。ガスの火だけでできることに気づいたのです。炊飯は土鍋で、レンジの代わりに蒸し器やお櫃で、トーストもガスの火で。「だんだん慣れてきて、今がいちばん楽しい時期かも」と、二人ともにこやかな表情です。
身体を使う最たるものが畑仕事でしょう。自宅のそばに一反(300坪)余りの畑を借りて、二人それぞれ自然農で野菜を育てています。家で使う野菜はほとんど畑で調達。冬場は菊芋やヤーコン、夏に収穫したカボチャが食卓に上ります。
夜明け前、勝平さんは静まり返った畑に身を置き、空が刻々と色を変えていくのを見つめます。一日の始まりの大切な時間です。
プロフィール(2022年3月現在) ●上口勝平さん 30代 ●糸島居住歴 5年● 仕事 公務員、民泊運営 ●以前の住まい 福岡市