柔軟な選択で「その時」を生きる
定住しない、新しい暮らし方 ~ 現在地・糸島~

お庭でお茶をしながら、子供たちと遊ぶ西出さん

「糸島へ移住する前は、イギリスに住んでいたんです」。そう話すのは、現在、外資系ホテルのマーケティングマネージャーとして働く西出さん。日本の大手広告代理店を退職後、イギリスのリサーチコンサルティング会社へ転職。そこで出会ったイギリス人のご主人と国際結婚した。イギリスでの生活は、仕事・プライベートともに満足のいくものだったそう。そんな生活を手放して、日本・その中でも糸島へ移住した経緯とは?

きっかけは、一人目の子どもを妊娠したことです。イギリスの暮らしは気に入っていましたが、そこで子どもを産んで育て始めてしまったら、もう日本に戻ってくるタイミングがなくなってしまうと思ったんですよね。国際結婚ですが、やはり日本の文化や言葉を学んで欲しいと思ったので。「Now or never」だと思って、妊娠30週目に、猫2匹と主人と一緒に帰ってきました。

帰国後は、ひとまず実家のある福岡市内へ。20年ぶりの母親との同居は難しく、すぐに引越しを考えたそう。でも、住むならどこに?産休を終えて仕事を再開することまで考えると、やはり関東が良いだろうか。「日本の狭いマンションにはとても住めない」というイギリス人のご主人の意向もあって、まずは都心に近い鎌倉や葉山で物件を探したそう。

実際に不動産を巡って、7~8件くらい見て回りました。でもそのエリアでは、6000~7000万出しても、隣の家が近くて庭も小さい物件ばかり。ましてや、3000~4000万ではまったく良い物件がなかったんです。それに、都内へ通勤することを考えても、片道2時間はかかってしまう。当時30歳台後半だったのですが、次のライフステージとして、もうそんな生活はしたくありませんでした。移住を急いでいたわけではなく、時間もあったので、鎌倉・葉山での物件探しは一旦保留になったんです。

ふりだしに戻った物件探し。糸島という土地を知ったのは、家族でドライブに行った時のこと。

糸島に行ったのはその時が初めてでした。車で糸島のサンセットロードをドライブして、一気に気に入ってしまったんです。“まるでタイみたい!日本にこんなところがあるなんて!”って(笑)。鎌倉や湘南と比べて海の色が違うと感じましたし、商業化されていないラフな感じが良いなと思いました。外国人も多くて閉ざされていない感じも良かったですね。ドライブ途中あちこちで外国人を見かけるので、イギリス人の主人や、海外生活の長い私は安心できたんです。

改めて物件をいくつか調べてみると、驚くほど安くて、それが移住の大きな後押しになりました。もともと家探しの条件だった広い家と庭が安価で手に入ること、綺麗な海が近いことが決め手になりましたね。

移住のきっかけとなったサンセットロードの海岸

本格的に物件を探し始めてからは、早い段階で今の家に巡り合えたという。とんとん拍子に進んだ糸島への移住。実際に引っ越してからギャップがなかったか尋ねると…。

特になかったですね。もともと順応性が高いので、「こんなはずじゃなかった」ということが基本的にないんです。一生糸島に住もうという意気込みで、移住したわけでもないですしね。思いもよらないことはいつだって起きるもの。嫌だったらまた引越せば良いんですから。

越してきてすぐに、ゴキブリがいっぱい出た時には、田舎って嫌だわあって思いましたけどね(笑)。隣のおばあちゃんに“私なんか素手でつかむよ”って言われてさらにびっくりして…。今となってはそれも笑い話です。

現在、糸島に越して来て4年。西出さんの住む寺山は、糸島の中でも色濃い農村エリア。可愛がってくれる隣のおばあちゃんは、週1~2回食べ物のおすそ分けをくれるそう。一方で、いろいろな所へ出掛けて、ほかの移住者と一緒にイベントを楽しむことも。

糸島のコミュニティの良いところは、人と人との関係性が窮屈ではなく、距離感が程良いこと。「こんな時には、○○さんのところに行けば良い」というのがわかっているんですよね。ゆるくつながっていても、困った時には誰かが助けてくれます。

うちの隣に住むおばあちゃんなんて、「都会の人だからなんもできんやろ」と言っていろいろ世話を焼いてくれます。週に1、2回のおすそ分けも、最初は、食材をもらっていましたが、好意に甘えているうちに完成品(料理したもの)が届くようになりました(笑)。それがまた、おばあちゃんの味で美味しいんですよね。そういう好意を好まない人もいるでしょうが、私は好きですね。

既に移住者が多くて、そのつながりが強いことも嬉しいです。例えば、マンションのお隣さん同士なんて関係は、義務感も伴って窮屈ですが、移住者同士のつながりは価値観も通じ合う分心地良いです。知人をたどれば、みんなつながっていると思いますし、移住者を中心に集まってパーティをしたりすることもあるんですよ。

どこか懐かしい雰囲気が残る寺山地区

いろんなコミュニティを経験する中で、その間の隔たりを感じることもあるとか。

糸島にはまだまだ昔の風習が残っています。私が住んでいる寺山地区は昔からある地域なので、特にその特色が強いですね。そういうのは、移住者にとっては抵抗があるのではないでしょうか。環境やライフスタイルがあまりにも違うので、何を話して良いかわからないと感じることも…。そういうことを踏まえると、私自身、ほかの移住者やUターン組と話しているほうが心地良いと思ってしまうこともありますね。

自治会に入らない移住者がいるというのも、双方の隔たりを生んでいる気がします。糸島の方にとっては、地元の自治会に入るのが常識。そういう慣習がない移住者にとっては、会費の高さや必要性が理解できないようです。

糸島とひとくくりに言っても、慣習が根強く残る地域や、開発途上の新興住宅地など特色は様々。移住後のストレスを軽減するためには、条件や相性に加えて、そういったことも判断材料になりそうだ。5歳と2歳の子どもを育てていく中で感じる、子育て環境としての糸島について聞いてみた。

糸島では、広い家や庭が持てるので、自分のことをしながらも子どもを自由に遊ばせられるのが良いですね。街中だと、いろんな危険に対して常に気を張っていないといけないですが、そういった余計な心配がないので、子育てのストレスが少ないです。夏には、庭で水遊びさせたり、花火をしたり。その傍らでビールを飲みながら、子どもが自由に走り回ったりする様子を眺めていると、こんな日常って素晴らしいなあと思います。

一方で、今住んでいる地域は、子ども同士の家が遠いのが不便だったりもします。一人で遊びに行かせる訳にいかないので、親同士でセッティングをして、送り迎えまでしないといけない。「何時に連れて行くから、おやつ食べさせてね」とか。歩いて行き来できる距離に、友達の家があると良いなと思いますね。

どこか懐かしい雰囲気が残る寺山地区

整備された大きな公園がないことも、小さな子どもを持つ親としては改善して欲しい点だそう。そのほか、糸島の教育レベルについて懸念する声が多いことについて聞いてみると…。

中学・高校の教育レベルは低いと言われていますね(※)。私の親は心配して、小学校から私立や国立に通わせなさいと言います。でも、私は子どもの教育を日本で終えるつもりはないんです。というのも、子どもには世界中どこでも生きていけるようになって欲しいから。将来的には海外での教育も考えているので、日本にいる間は日本式の教育で学ばせられる公立に入れるつもりです。

「その時の大切なこと」に合わせて、住む場所や環境も選んでいきたいと話す西出さん。これから糸島へ移住を検討している人にアドバイスをお願いします。

糸島に空き家はたくさんあるけど、なかなか物件として表に出てこないのが実情。糸島には、空き家でも家を売りたくない人たちもいるんです。よく知らない人に家を売って、もし何かあった時に、ご先祖やご近所に申し訳ないという思いが地元の人たちには強いんですよね。

すでに移住している人の中では、まず、糸島周辺の賃貸物件に住んで地元の人たちとの交流を深めてから、糸島に越してくるというパターンが多いですね。糸島では、不動産を通さず直接賃貸契約する場合があるので、近くに住んでいないと情報が入って来ないんです。空き家のオーナーさんも賃貸で収入が得たいわけではないので、信頼関係さえあれば安く貸してくれますよ。リノベーションなどを自由にさせてくれる方も多いので、とても魅力的だと思います。

歩いてすぐのところには海が広がります

最後に、今後の展望を教えてください!

プランを持たないことが、ライフプランなんです。大切なのは、その時の環境や気分に忠実に動けるような柔軟性を常に持っていること。今は、子育てが最優先事項なので、糸島の環境を重要視していますが、一方で、仕事やアートに関しては、福岡に一流のものがないことに物足りなさも感じています。子育て、仕事、老後…その時のライフステージに合わせて、最善の選択ができるのがベストですね。その選択肢として、イギリスの永住権もなくさずに更新するし、子どもも二重国籍のまま。例えば、家族の誰かが大きな病気にかかったら、迷わず医療費のかからないイギリスに移住しようと思いますし。生活にしても、仕事にしてもそうですが、どんなハプニングが起こっても、自分のやりたいようにやれることが大切。そのためのフレキシビリティとキャパシティを持って、「その時」を生きていけたらと思いますね。

「世界中どこにいても幸せになれると確信している」と西出さん。自分の子ども達にも、世界中どんな国でも生きていけるようなタフな人間に育って欲しいと話す。“人生は選択の連続だ”。今日は、何を食べようといった、日常の小さな選択から、進路や伴侶を決める大きな選択までさまざま。でも、それらはすべて、これから起こる“ことの始まり”にしかなり得ない。移住することも、選択のひとつ。その後に何が起こるかはわからないのだから、“決め込まないで、その都度選択を繰り返す”という西出さんのスタイルは、移住のハードルを下げるひとつの考え方とも言えそうだ。

プロフィール(2014年1月現在)

●西出さん 42歳

●糸島移住歴 4年

●仕事 外資系ホテルのマーケティングマネージャー

●移住元 イギリス

(※)平成25年度全国学力・学習状況調査によると、糸島市立小中学校における学力は、福岡県平均を上回っています。